広いリビングの中央にある大きなソファに深く身体を沈めて、紫苑は天井を仰いだ。
明日、明日あそこでライブをしたらきっと変わる。
今までの生活はたぶん、変わってしまうんだ。
伊豆にある神宮寺の施設で合宿中、ひょんなことからライブをすることになった。予想以上の集客と反響がありLumie`re (リュミエール)の未来につながったという実感はあった。しかし、それからたった1カ月ちょっとで3,000人規模の会場で無名のアーティストがライブをすることなんて普通ではありえない。もちろんカバー曲を含めての構成だが7割以上はオリジナル楽曲だ。光には「大丈夫だ」と言い切った紫苑だったが、さすがに少しの不安はあった。
ふぅ。まぁ、やるしかないんだけどな。
大きく深呼吸をすると、テーブルの上に置いた携帯が震えた。
なんだよ、こんな夜中に。
液晶の文字を見て眉間にしわを寄せ、軽くため息をついて電話に出た。
紫苑 『はい。』
神宮寺『眠れないのか?』
紫苑 『は?』
相変わらず見ていたようなことを言う。莉薗とそっくりだ。
はっ?まさか隠しカメラとか・・・。
紫苑はゆっくりと部屋を見渡した。
神宮寺『隠しカメラは置いてないぞ。』
紫苑 『・・・』
自分の父親ながら、時々怖くなるよ。まったく。
神宮寺『大丈夫だ。』
紫苑 『え?』
神宮寺『ライブは成功する。』
紫苑 『っ!?・・・当然です。』
神宮寺『そうか。ふっ。』
受話器の向こうで、神宮寺が一瞬笑ったような気がした。
そう言えば、親父が笑ってるところなんて今まで見たことないな。
神宮寺『何も心配することはない。好きなように生きればいい、彼らと共に。』
紫苑 『・・・はい。』
神宮寺の息子達は、研究者達の手によって生まれた。
紫苑の母親、卵子提供者は金髪でブルーアイだった。しかし、紫苑は銀髪で紫色の瞳をもって生まれてきた。彼らにとって紫苑は、失敗作だったのだ。
命を狙われたことがあったことを、紫苑は子供心に気づいていた。
だから今まで、目立たぬように生きてきた。しかしこれからはきっと、そんな生き方はもう出来ない。
神宮寺『今夜はダメだぞ。』
紫苑 『は?』
神宮寺『彼の声が枯れてしまっては困るからな。』
紫苑 『なっ。』
神宮寺『早く寝なさい。』
まったく。父親が息子に言うセリフか?
紫苑 『あんたが電話してきたんだろ?』
神宮寺『切るぞ。』
紫苑 『あっ!』
神宮寺『なんだ?』
紫苑 『・・・ありがとう・・ございます。』
神宮寺『ふっ。おやすみ。』
ツーツーツーという音を聞きながら紫苑は再び天井を仰いだ。
言うだけ言って切りやがって・・・。
親父とこんな風に話せるようになったのは、あの人のお陰だな。光さんの・・・。
紫苑は、片側の口角を少し上げると、寝室に向かう為立ちある。
同じタイミングで寝室のドアが、カチャリと静かに開いた。
光 「紫苑?」
紫苑 「光さん。すみません、起こしてしまいましたか?」
光 「眠れへん。」
紫苑 「大丈夫です。一緒に眠りましょう。」
立ちあがった紫苑のもとに光はゆっくりと歩み寄ると、その大きな胸に顔を埋めた。
紫苑 「どうしたのですか?」
光 「紫苑・・・あの曲弾いてほしい。」
紫苑 「あの曲?」
光 「前に弾いてくれたやろ?・・・俺の為に。」
紫苑 「・・・いいですよ。」
光が岸谷に襲われた日。
紫苑は光への自分の気持ちに気づかされた。その光への想いを込めて<月光>を弾いたのだ。そして光を初めて抱いた。
紫苑は光の手を取ると、グランドピアノが置かれた部屋へ向かった。
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