無言の紫苑に手をひかれ、到着したのは繁華街のはずれにある小さなライブハウスだった。
光 「紫苑・・・?」
紫苑 「・・・。」
光 「ここ、俺らが高校ん時ライブしとったとこや・・・。」
紫苑 「・・・はい。俺が、初めて光さんを見た場所です。・・・あの人が亡くなってから来てなかったんでしょ?」
光 「・・・ああ。」
光は古びた扉にかかる看板を見つめた。
紫苑 「俺、ここであなたに一目ぼれしました。」
光 「・・・」
紫苑 「それまで欲しいものなんて何もなかった。自分の人生でさえ・・・。だけど、はじめて手に入れたいと思った。あなたを・・・。」
光 「・・・」
紫苑 「あの人の弾きだす音に絡んで、あなたの声が俺の耳から心臓まで流れ込んでくるみたいだった。だから・・・あなたのその声が欲しくてベースはじめたんです。」
光 「ずいぶん・・・不純な動機やな?」
光は笑おうとしたが、上手く笑顔が作れなかった。
紫苑 「・・・そんなに、あの人が好き?」
光 「っ!?・・・な、何言うてんねん。亮太はちゃう。・・・好きやけど、家族みたいにっ・・・」
紫苑 「だからっ!!」
紫苑は少し乱暴に光の頬を両手で包んでその瞳を覗き込んだ。
紫苑 「それって・・・特別ってことでしょう?」
光 「とくべつ・・・?」
紫苑 「光さんにとって、家族って誰?」
光 「それは・・・・じいちゃんとばあちゃんと・・・」
紫苑 「と・・・?」
光 「・・・」
光は、それ以上紫苑の瞳を見つめていることができなくて、瞼を閉じた。
そこに映ったのは、幼い頃、自分を優しく抱きしめてくれた母親の姿だった。
紫苑 「お母さん・・・でしょ?」
光 「・・・」
紫苑 「そして、そのお母さんと同じくらい大切な人が、あの人だったんでしょ?」
光 「・・・」
紫苑 「だから失いたくなくて、それ以上近づいてはいけないって思ってたんじゃないですか?」
光 「・・・」
紫苑 「恋人になってしまったら、いつか別れが来るかもしれない。そんなことになるくらいなら、今のままで、親友のままでいたいって・・・。家族みたいに大切って自分に言い訳していたんじゃないですか?」
光 「なに・・・何言うてんねん!・・・そんな、そんなん・・・」
光は紫苑から離れようと首を振って暴れたが、その大きな胸に抱きしめられて動けなくなってしまった。身体が熱くなり涙が頬を伝う。
紫苑 「自分の心に蓋をしたままでは、先に進めません。・・・だから、また俺から逃げようとしてるんでしょ?」
光 「・・・わからん。」
紫苑 「あなたが、あの人を好きだったことは、あのライブを見た俺にはわかります。・・・逃げないで、自分の気持ちと向き合って受け入れて。そして、次に進みましょう。」
光は、ここで過ごした亮太のことを思い出していた。小さい頃からずっと一緒で、隣にいるのが当たり前で、誰よりも心を開いていた。
好き・・・だった。
失いたくなかった。
だから、壊れてしまわないように、ある程度の距離をもっていたかったのかもしれない。
紫苑の言うように、自分にとって一番大切な存在だったのだ。
光は、深呼吸をしてそれを認めると、心がふっと軽くなったような気がした。
光 「・・・俺・・・亮太んこと・・・」
紫苑 「言わなくていいけど・・・俺、そんなに・・・余裕ない・・・から。」
紫苑は光の言葉を遮って、額にキスを落とすと、少し身体を離して光の瞳を見つめた。
光 「紫苑?」
紫苑 「はい?」
光は紫苑の首に両手をかけると背伸びをして口づけた。
紫苑 「っ!?」
光 「大好きや、紫苑。」
紫苑 「光さん?」
光は潤んだ瞳もそのままに、八重歯を見せて笑顔で紫苑をみつめた。
光 「ありがとう。・・・俺、紫苑が大事や。・・・失いたないって・・・怖なってた。」
紫苑 「・・・俺は、どんなことがあっても消えたりしません。」
光 「うん。」
紫苑 「どんなエロい光さんも、嫌いになったりしませんよ?」
紫苑は片側の口角を少しだけ上げて、光の額におでこをくっつける。
光 「なんやそれ。俺がエロい奴みたいやんか。」
紫苑 「エロいです。でもっ、それも好きな理由のひとつですから。大歓迎です。」
光 「紫苑も、めっちゃエロいで。」
紫苑 「はい。光さん限定ですけど。」
光 「ほんまかいな。ふふふっ。」
ふたりは見つめ合って笑いだした。
光 「うはははっ。」
紫苑 「ははははっ。・・・このまま押し倒したくなりました。」
光 「あかんで、こんな公道で。」
紫苑 「はい。それに、みんな待ってますから。」
光 「みんな?」
紫苑は光の肩を抱いて、古びたライブハウスの扉を開いた。
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