<紫苑の部屋・夜>
楽園の地下にあるスタジオでのLumie`re (リュミエール)の曲作りも5日目になった。毎日昼過ぎには集まって、夜遅くまで音づくりをしていた。個性的な5人の意見が飛び交って曲に色をつけていく。いつも曲作りには消極的だった彰仁も最近は、積極的に紫苑と相談しながらリズムを作っている。8月に入ったらすぐに合宿をして曲を仕上げ、戻ってきたらレコーディングだ。そして9月からはライブも忙しくなる。
今日はいつもより少し早めに切り上げ、バイトに行った晴樹以外の4人は、紫苑の部屋へ向かった。エレベーターの中では紫苑と彰仁が曲の打ち合わせをしている。すると、湊が光の耳元で話しかけた。
湊 「なんや、新婚さんの家にお邪魔するみたいな気分やな。」
光 「な、何言うてんねん。あほか。」
湊 「もも、顔が赤いで。」
光 「赤いことあるか。」
湊は光の反応をみて、肩を揺らしてクスクス笑っている。
エレベーターはすぐに最上階に到着し、光が掌をかざして静脈認証をし、暗証番号を入力してロックを解除すると、扉が開いた。
彰仁 「何それ~?すごいね。秘密基地みたい。」
湊 「秘密基地って・・・なんや、その発想?くくくっ。」
彰仁は、自動で電気が着く様や広い玄関に感動し、キョロキョロと周りを見ながら光について歩いていく。湊は彰仁の秘密基地発言がツボに入ったらしくケラケラと笑いながら、そのあとについて歩いた。
光たちがリビングに向かうと、紫苑はそのままキッチンに入り、カウンターから顔を出した。
紫苑 「適当にくつろいでください。光さんとアキさんはお酒にします?」
光 「そうやな。ビール飲みたいな。」
彰仁 「俺も~。」
紫苑 「湊さんは車だからお茶の方が良いですよね?」
湊 「そうやね。紅茶がええな。」
紫苑 「あ、前に湊さんの家でご馳走になったのと同じ香りの紅茶があるんですけど。」
湊 「なんやろ?」
湊は座っていたソファーから立ちあがり、キッチンと繋がっているカウンターの前までいくと、紫苑から紅茶の缶を受け取った。
湊 「カンヤム・カンニャムやんか。こんなん飲んでるんは、紫苑くんのお父さんやろ?」
紫苑 「正解です。俺は紅茶に詳しくないんで。」
湊 「頂いてええん?」
紫苑 「ここにあるものは自由に使っていいことになっているので、大丈夫です。」
湊 「ほんなら、僕が紅茶淹れるわ。」
紫苑 「助かります。湊さんが淹れてくれた紅茶の方が美味しいと思うので。」
湊はすぐにキッチンに入ってきた。
光と彰仁はリビングにある大きなテレビでゲームを始めていた。
湊 「なんや、あのふたり。小学生みたいやな。」
紫苑 「・・・本当ですね。無邪気でまっすぐな所が似てますね。」
湊 「そうやな。ふたりとも綺麗や。」
そんな会話をしながら湊が紅茶を淹れ、紫苑がビールやおつまみを用意していると、玄関が開き、足音が聞こえてきた。
紫苑がリビングに出ると、その足音の主が丁度リビングに入ってきた。
紫苑 「親父!?」
神宮寺「お客さんか?珍しいな。」
紫苑 「バンドのメンバー。」
スーツを着た背の高い無表情の男がリビングの入り口に立ち、紫苑がその人を「親父」と呼んだことで、光と彰仁は慌てて振り返り、緊張の面持ちで立ち上がると指先までピンっと伸ばした。
湊はキッチンから出てきて紫苑の後ろに立つ。
神宮寺「君が、湊不動産の息子さんだね?」
湊 「はい。父がお世話になっております。」
神宮寺「こちらこそ。君のピアノも聴いてみたいな。」
湊 「是非、ライブにいらしてください。」
神宮寺「ふっ。なるほど。」
神宮寺は漆黒の瞳をほんの少し見開き、片側の口角を少しだけ上げた。
そしてテレビの前で、カチコチに固まって立っているふたりに目を向けた。
神宮寺「君がドラムの城田彰仁くんだね。」
彰仁 「はいっ!ドラムの城田彰仁です。お、おじゃましてます。」
神宮寺「そして・・・百瀬光くん。」
光 「はい。その節は助けていただいて、ありがとうございました。きちんとお礼もせんですみません。そして、ここに住ませていただいてありがとうございます。」
光は少し前に出て神宮寺に近づくと、深く頭を下げた。
神宮寺「あの時は、どこかの馬鹿息子が突っ走ってうちのホテルで騒ぎを起こしそうだったので、それを止めたまでだ。君こそ災難だったね。ここは自由に使ってもらって構わない。紫苑が初めて私に頼みごとをしたのだから。なぁ、紫苑?」
紫苑 「そうでしたか?」
神宮寺「紫苑がここに人を招くことも初めてだ。どうぞごゆっくり。」
みんな一斉に頭を下げる。
神宮寺「シアターで作品をチェックする。」
紫苑 「紅茶・・・飲みますか?」
神宮寺「ああ。」
神宮寺は、口角を少しだけ上げて目を細め、リビングを出てシアターへ向かう。
紫苑は、湊から今淹れたばかりの紅茶を受け取ると、神宮寺についてシアターへ向かった。
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