<光の部屋・午後>
ガランとした住みなれた部屋の真ん中で、光は柚子を抱いて呆然と立っていた。
昨年の春に大阪から出てきて一人暮らしを始めた光は、部屋にもともとあまり物を置いてはいなかったが、それでも何もなくなってしまうとだいぶ広く感じた。
光 「たった1年4カ月しかおらんかったけど、なんやちょっと寂しい感じするな?」
柚子 「にゃぁ~」
光 「柚子が来てからはまだ、3カ月やけどな。」
1週間前、光は気を失うほど紫苑に激しく抱かれ、目が覚めた時には身体を綺麗にされパジャマを着てベッドに横になっていた。
そして、目の前には光を両腕に抱きしめて幸せそうに眠る紫苑の寝顔があった。
なんや、いつもクールで大人びてる紫苑やけど、眠ってる時は高校生に見えるな。
光は思わず紫苑の唇にチュッとキスをした。
紫苑 「光さん・・・?」
光 「あ、すまん。起こしてしもた?」
紫苑 「ん・・大丈夫です。光さん、身体は平気?」
紫苑はうっすらと瞼を開き、紫色の瞳で光を見つめた。
光 「大丈夫や。」
紫苑 「・・・光さん、やっぱり家に来て。俺が心配で何も出来なくなるから。」
光 「んん・・・そやけど、紫苑の親父さんに世話になる言うことやろ?」
紫苑 「まぁ、そうなりますけど。たぶん、あの人は喜ぶと思います。」
光 「なんで喜ぶん?」
紫苑 「あの人、変わってるから。部屋はいくらでも空いてるんです。光さんと柚子くらい一緒に住んでも、ほとんど影響ありません。それに家の仕事手伝っている俺の収入もありますし、光さんも無理しない程度にアルバイトしてもいいですし。」
光 「そうやな・・・。ここは甘えさせてもろて、Lumie`re (リュミエール)が売れたら恩返ししよか?」
紫苑 「そうですね。今は、Lumie`re (リュミエール)に集中して良い曲創りましょう。」
紫苑は翌日テストの為、朝から学校へ行き、その日の午後には父親と話をつけたらしい。
あっという間に引っ越しの段取りがされ、今日も光はほとんど何もしていない。
紫苑って、ほんまやること早いな・・・ここ8月までおってええ言ったはずやのに・・・。
開け放たれた玄関の外から、階段を駆け上がって来る足音が聞こえる。
紫苑 「光さん!お待たせしました。用意は良いですか?」
紫苑は制服姿だった。
光 「紫苑。OKや。学校終わったんか?」
紫苑 「はい。終業式の後、ちょっと呼びだれて遅くなりました。すみません。」
光 「なんや、呼びだしって?」
紫苑 「詳しい話は後で。とりあえず行きましょう。」
光 「あ、ああ。」
光は慌てて柚子をゲージに入れた。
紫苑 「あっ・・・すみません。思い出に浸ってたとか・・・?」
光 「ぷっ。そんなんあらへん。まぁ、なんとなく寂しいなぁくらいは思ったけどな。」
紫苑 「俺、そういうの良くわからなくて・・・」
紫苑には執着心というものがほとんどない。光を愛して初めて知った感情だった。
今までの紫苑なら、思い出に浸るなどという発想すら出てこなかっただろう。
光と出逢って、紫苑の心にも少しずつ変化が出てきているのかもしれない。
紫苑 「光さん・・・」
紫苑は、何もない部屋の真ん中で光を抱きしめた。
紫苑 「この部屋で、初めて光さんと本当のキスをしましたね。俺から一方的にだったけど、光さんビックリしてて可愛かったです。それと、このあたりで光さんが俺にしがみついて何度もイきましたね・・・。」
光 「しおん・・・。」
光は紫苑の胸に顔を埋めて赤面していた。
光 「紫苑、わざと言ってるやろ?」
紫苑 「え?何がですか?」
光 「そういうんは、言葉に出して言うんちゃううねん。心で思うもんや。」
紫苑 「ふっ。・・・光さん、顔赤いです。」
光 「当たり前やろ。・・・色々思い出してしもたわ。」
紫苑は少しだけ口角を上げて光を見つめると、その細い顎を指で持ち上げて唇を重ねた。光が紫苑の首に両手をまわすと、紫苑は光の腰を引き寄せ強く抱きしめ、深く舌を絡ませた。光は吐息を漏らし、唇を離す。
光 「ふはぁ・・・はぁ・・・あかん・・やろ。」
紫苑 「どうして?」
光 「はよ、行かな・・・。」
紫苑 「そうですね。この床では身体が痛くなります。」
光 「な、なんの話やねん?」
紫苑 「やっぱりベッドの上の方がいいでしょ?行きましょう。」
光 「・・・」
玄関を出て外階段を下りると、この安アパートにはどうにも不釣り合いな黒塗りの高級車が停まっていた。
すぐに運転手が外に出てきて後部座席のドアを開く。
紫苑は慣れた様子で光を後部座席に乗せると後から自分も乗り込んだ。
車は静かに走り出す。
光は車窓から流れる景色を眺めながら、紫苑との新しい生活の始まりにドキドキしていた。
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