浅いすり鉢状になっているライブ会場の客席は、既に沢山の人で埋め尽くされていた。
スピーカーからはLumie`re (リュミエール)の曲が流れている。
ほんの少し前まで広がっていた青空は薄紫色になっていた。そして、ステージの向こう側に見える空は真っ黒だ。時折、遠くから雷鳴が聞こえてくる。
晴樹は密閉された喫煙所の柱に寄りかかり、タバコをくわえながら白く煙る天井を仰ぎ見た。
晴樹 「やっぱり、行かせたんは間違いやったやろか・・・。」
ふと気配がして視線を戻すと、いつの間にか正面のガラス窓を挟んで、湊が目の前に立っていた。目が合うと、涼しげに微笑み喫煙所に入ってきた。
湊 「大丈夫や。きっとふたりそろって戻って来る。」
湊は、晴樹の呟きが聞こえたかのように声をかけると、長い黒髪をかきあげ、人差し指を立てた。
めったにタバコを吸わない男が、1本というのだから、やはり不安があるのは明白である。
晴樹が胸ポケットから煙草をとりだすと同時に、ほんの少し前、湊が立っていたあたりが一瞬で真っ白になった。少しの間をおいて薄い壁がビリビリと振動するほどの雷鳴が響いた。
ふたりは一瞬目を合わせると、部屋を飛び出しステージ袖まで一気に駆け上がる。
客席の真上にある空は、まだ紫色をしていた。それを確認すると楽屋口へ向かい外に飛び出した。しかしそこから見える遠くの空は真っ黒だった。
湊 「あの雲・・・こっちに来るんやろか?」
晴樹 「どうやろ・・・。」
湊 「もも・・・大丈夫やろか。」
流石のふたりも不安にならずにはいられなかった。
あの日と似ている。
2年前、Lumie`re (リュミエール)のメンバーだった栗山亮太は、ライブの本番直前に柿崎卓哉をバイクで迎えに行き戻る途中、雷雨に襲われ事故で命を落とした。
真っ直ぐ前に広がる黒い雲を睨むように見つめながら、言葉を失っていたふたりの頬をぬるい風がかすめた時、背後から慌ただしい足音が聞こえてきた。振り返ると、湊のスマフォを握りしめた彰仁が駆け寄ってきた。
彰仁 「はぁはぁ・・・祥くんこんな所にいたの?・・・さっきから電話が鳴ってて・・・」
湊が、息を切らす彰仁の手からスマフォを受け取り画面を見ると、見知らぬ番号の着信履歴があった。
湊 「・・・誰・・やろ。」
彰仁 「何度もかかってきてたよ。祥くん探してる間もずっと。急ぎ何じゃない?」
湊 「・・・」
湊は一瞬、見知らぬ番号にかけ直すことを躊躇った。
あの日も、亮太と卓哉の到着を、いまかいまかと待ちながら、降りしきる雨空を見上げていた時に、見知らぬ番号から携帯に着信があった。それは、亮太と卓哉がライブ会場に来ることはないと、二度とこのメンバーでライブは出来ないと言う事実を突き付ける知らせだったのだ。
彰仁 「・・・どうしたの?」
当時の事を知らない彰仁は、訝しげに湊の顔を覗き込む。
すると今度は太い稲光がビルの谷間に突き刺さり、間もなくして空気を震わせるような雷鳴が聞こえてきた。
湊は目を閉じて深呼吸をすると、着信のあった見知らぬ番号にリダイヤルした。
太陽が真横から照らす都心の道路を、車の合間を縫うように莉薗はバイクを走らせた。
光はふり落されないようにその細い腰にしがみつく。
莉薗がバイクを止めたのは、その最上階に光と紫苑が住んでいるビルの前だった。
光 「・・・楽園?」
ヘルメットを脱ぎ、長い巻き毛を手ぐしで整えながら無言で歩きだす莉薗に置いて行かれないように、光は小走りについていく。
莉薗は2階にある事務所に、ノックもせずに入ると、そこにいた数人が一気に注目した。
莉薗 「マリンさん!あの部屋の鍵出して!」
マリン「あら、ビックリ!莉薗ちゃんじゃない。珍しいわね~。」
マリンと呼ばれた、どうみてもオネエ系の派手な彼?彼女は大げさに驚いて莉薗を見つめた。
莉薗 「遊んでる暇はないの!あの部屋の鍵!急いで!」
マリン「あの部屋って・・・」
急かす莉薗の意図を図るように。その緑色の瞳を覗き込んだマリンの表情は笑顔だが、目が笑っていない。
マリン「あの部屋は使ってないわ。」
莉薗 「ええ。使わないはずの部屋が使われてるの。だから鍵!」
マリン「でもね~勝手に使うと社長が・・・。」
莉薗 「私に鍵を渡さないと、その社長が激怒することになるわよ。この会社も潰すかも。マリンさんの処分も・・・」
マリン「はーい!降参でぇーす!」
マリンは両手を上げて、奥に鍵を取りに向かい、すぐに戻ってきた。
マリン「ホント、莉薗ちゃんは社長にそっくりね。」
軽くため息をつくと、カードキーを莉薗に渡した。
莉薗 「緊急事態なの。ありがとう。」
莉薗は、その様子をあっけにとられて見ていた光の肩を軽く叩くと、部屋を飛び出した。
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