<ライブハウス・午後②>
数分後、紫苑はステージ上でベースのチューニングをしていた。
晴樹 「ほな俺、タバコ買うてくるわ。」
湊 「了解。」
晴樹のアンプの上には、まだ封を切っていないタバコが置いてある。
紫苑はライブハウスを出て行く晴樹の背中を、不思議な気持ちで見送った。
湊 「マスター、この音源ちょっとかけてくれへん?」
真瀬 「おう。ちょっと待ってろ。」
湊 「紫苑くん、この音源ちょっと古いんやけど、聞いてみてもらえる?」
紫苑 「はい。」
真瀬 「かけるぞー」
その曲は、お腹に響くようなベースの低音のリズムで始まった。
バスドラが加わり、ギターの高音が入るとドラムのリズムがベース音と重なり音の厚みが増していく。
あの曲だ。・・・紫苑は思った。
そして同時に身体が動いていた。スピーカーから流れる曲に合わせてそのベースの旋律を奏でる。紫苑はあっという間に曲の世界に入っていた。もう、まわりなんて見えていない。
4分ほどの曲が終わると、紫苑は大きく息を吐いて現実に戻ってきた。
湊 「なんで?」
紫苑 「・・・?」
湊 「どうしてこの曲、弾けんねん。」
いつも冷静な湊が少し興奮気味に質問する。
紫苑は修学旅行で大阪に行った時に抜けだして、たまたま入ったライブハウスでこの曲に出逢ったこと。そのベースの音に魅かれて自分もベースを弾くようになったこと。その時に買った音源を潰れるほど聴いたことを淡々と語った。
湊 「そう・・やったんや。なんや、すごい偶然やなぁ。」
紫苑 「この時のバンドに、湊さんもいたんですか?」
湊 「おったよ。覚えとらんのかいな。」
紫苑 「すみません。俺、人の顔を覚えるの苦手で。音聴けばわかるんですけど。」
湊 「ふっ。変わっとるなぁ自分。くくっ。僕と、ハルとももは、そん時のメンバーや。」
紫苑 「・・・」
湊 「ほんなら、1回、アキと僕と合わせてみてくれへん?」
紫苑 「・・・はい。」
湊 「アキ、カウント!」
彰仁 「はい。」
彰仁のカウントで紫苑がテンポの速い低音のリズムを弾くと、バスドラが入り、ギターのメロディを湊がシンセサイザーで奏でる頃には、紫苑の意識はすでに曲の世界に入り込んでいた。
湊は、この音が欲しいと思った。大阪で活動していたころからの自分達の原点でもあり、大切な思い出のこの曲。東京に出てきてからずっと光が封印していたこの曲。
それを今回は、ベースも暁なら対応できると踏んで、新メンバーの彰仁を迎えた記念にやることになったのだった。
自分が作った電子音などではなく、生のベース音で、この紫苑の音でライブをしたいと思っていた。
曲の後半には光と晴樹が飲みものを抱えて戻ってきて、扉の前で棒立ちになりステージを見つめていた。
曲が終わると、パチパチパチっと真瀬が大きな拍手をする。
真瀬 「すごいじゃないか?何だこれ。初めて合わせたのに、鳥肌立ったぞ。」
真瀬は少し興奮気味に、ステージに向かって声を発した。
光と晴樹は、放心状態のままだ。
演奏を終えて現実に戻ってきた紫苑の視線は光とぶつかる。
湊がステージを降りて、光と晴樹に駆け寄った。
湊 「もも?・・・どう?」
光 「え?」
湊 「紫苑くんの音。」
光 「・・・わからん。」
湊 「わからんって・・・?」
光 「・・・初めて見る色や。」
湊 「あぁ、そうやな。今夜のライブ、この曲だけでも紫苑くんにお願いせぇへん?」
晴樹 「俺も、合わせてみたいなぁ。・・・もも?どうやろ?」
光 「あ、あぁ。・・・あいつがええんなら・・・」
湊は、今度はステージに駆け寄り紫苑の前に立つ。
湊 「紫苑くん、どうやろ?今夜のライブ、この曲だけでも弾いてもらえんやろか?」
紫苑 「えっ!?」
湊 「俺たち今夜、どうしてもこの曲やりたいねん。」
紫苑 「・・・」
光は紫苑をまっすぐにに見つめていた。
もし紫苑がここで首を縦に振ったら、自分の中で何かが変わる予感がしていた。
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